ベトナムでホームステイしたのが懐かしい
人生二度目?三度目?の、ベトナムに行ってきました。
ベトナムでは、ホームステイをしたことがあるんだけど、相当田舎で、泣きそうになりながら夜を過ごしたのを思い出しました。
お湯なんか出ないし。
夕飯は大量のヤモリだし。
蚊帳の中で寝ても蚊に刺されるし。
というかベッドルームにドアないし。
トイレは場所が決まってるだけで便器無いし。
でも、どちらかというとそういう生活したい派です。
今みたいな恵まれた生活よりも、日本に帰ってきて「日本最高ー!!!!!」って思える生活がしたい。
シンガポールから日本に戻っても、「おお... 寿司が手軽に食べられる...」くらいのギャップしかないわけで。
話が逸れましたが、ベトナム。
自分で組んだら絶対にしないようなセレブ旅行でした...
五つ星ホテルに、フレンチフルコース、中華フルコース...
ひとり旅だったら屋台でフォー食べて終わりだろうに...
(会社のペイだからな。ふふ)
同僚のみなさんが驚いていたのは、やっぱりバイクの量でした。
「バイクタクシーに乗るとあの危険を味わえて楽しいんですよ!時々他のバイクとぶつかって知らんうちに足に痣ができてたり!」
言うのはやめました。破天荒女子だと思われると後が辛いので。
今回訪れたのは、ホーチミン市内、ミトー、クチ
興味のある人は是非!!!
toss&turn、華麗に敗北。
突然サラダが食べたい病にかかった時、私は決まってtoss&turnを訪れた。
お気に入りは、キッシュとサーモン。
そして1ドルでadittionalのオレンジジュース。
しかし、私は出会ってしまった。
salad stopーーーー!!!!
シンガポール発祥で、日本にも進出しているらしいけど私は日本でここを訪れたことはなかった。
慣れぬまま注文。ふむふむ、ベース1種類、その他6種類、そしてドレッシングを選べばいいのだな。
そして食す。
うまい。うますぎる。トスアンドターン、負け!!!
これからはこちらに通うことにします。
キヌアもあります。
うめえ
IoT化して得られたもの
以前書いた通り、私は部屋にhueを取り付けた。
家に帰れば勝手に電気がつき、寝る時間までにフェードアウトされ、起きる時間にフェードインして起こしてくれ、家を出れば電気が消える生活をしていた。
時には音楽をかけて、クラブのように光を操る、なんてこともした。
ある日、部屋に入ると、暗かった。
こんなことは今までなかった。
色々調べてみると、Wi-Fiの電源そのものがオフになっていた。日本へ一時帰国した同居人が部屋のコンセントのスイッチを切って出たのだ。
部屋には鍵がかかっており、あと二週間はこのまま生活することになる。
部屋の電気も、家全体のWi-Fiも使えない。
同居人が悪いわけでは決してなく、「見えないものに頼りすぎていたなあ」と反省。
とりあえず、Wi-Fiは使えないにしても、hueを取り付けていたのは私の部屋だけなので、他の部屋の電気はつく。
幸運にも、うちには全く使っていない部屋があったので、しばらくそこに住むことにした。
とは言え、部屋にシャワーもトイレもないので、その際には自分の部屋まで行かなければならないのが面倒。
でも、ADHDで新しいこと大好きな私は、別の部屋で生活できている今この現状が楽しかったりもする。
IoT化してしまうと便利だけど、不便な点もたくさん出て来るんだよなあ、改めて学びました。
グルメネタ投稿しまくる宣言破れる
もうね、毎日のように外食しているので、書けないんですわ、レポートが。
日本でもお馴染み、星乃珈琲店!
ステーキとオムライスって好物すぎて憎い。
お決まり。常連のサラダ屋さん。
ピザ!!大きさが伝わるだろうか。悲鳴上げた。
デザートもありました。大きなティラミス!!
アントワネットのモンブラン!!
空間が好きすぎる。
Kiss the tiramisu!!
もっとチーズっぽさが欲しい。
高島屋のとんかつ屋。名前忘れた。
クリスタルジェイド(シンガポールで有名な点心屋さん?)のパンダ。さつまいも餡入り!好き
こちらもクリスタルジェイド。
大好きナナズ。先輩がくれたカードに現金入ってたううう
クレイポットチキンラーイス
懐かしガパオ。私そういえばタイ好きだった。思い出した。(今はシンガポールが好きかも)
はああああああん はんはんはんはん
もう何もいえない
さ、鯖定食?
チキン... カレー???
ハンバーグ!!!
超日系。サラダバーつき。
以前投稿してたものとかぶっていたらすみません。その辺で食べたものは写真撮ってません。
シンガポールで脱毛リスタート。
今やほとんどの日本人女性が脱毛をしているのではないかと思うのだけど、私も例外ではなくかれこれ5年近く脱毛を続けてきたうちの一人だ。
処理しにくいところが上手く処理できてなくて残ってたらドン引きだし、ポツポツしてたらそれはそれで「あーやっちゃった」ってなるし。
ちなみに私は、日本を出てくる時に、まだ途中だった脱毛を解約した。(当然、解約料がかかった)
そろそろシンガポールでの生活も落ち着いてきたし、また新たに契約をしようと思い、ある日系脱毛サロンのカウンセリングに訪れた。
今日契約するつもりはなかったんだけど、あまりの安さに即契約。
脇無制限
Vライン無制限
Lパーツ2カ所×12回
Sパーツ3カ所×12回
以上で日本円にして約10万円!!!!
シンガポールは何もかも高いので、ある程度麻痺してる可能性もあるけど、これ日本と比べても安いんじゃない?
日本の脱毛サロンのホームページ見ても、3ヶ所脱毛し放題とかで12万とかするやん!!!
体毛濃い方ではないし、目立つ部分の毛が死んでくれれば、回数無制限とかじゃなくても満足なのよ!!!
だから、2年くらいしっかり脱毛できて10万円って魅力しかないわけよ!!!!
そして、ここだけの話、私は脱毛屋さん(呼び方に難あり)の雰囲気がとても好きで!!!
静かだし壁が白くて清楚だし落ち着くし!!!
そこへふた月に一度くらい通えるってのは嬉しい限り。
そして、シンガポールのこのサロンの良いところは、仕事の都合でシンガポールを離れる場合は解約料がかからず返金。(もしかしてこれ当たり前?)
そしてまた驚いたのが、給料が下がって払えなくなった場合も解約料かからず返金。
庶民に大変優しいシンガポール。
処理のクオリティに関しては、受けてみないとわからないけど、これで失敗だったとしても諦めつく金額だよね。
女ってお金がかかって楽しい〜〜!!!
Lady Mマジウマ。
誕生日記事にも書いたような気がするけど、Lady Mのケーキがマジウマ。
そして、目でも楽しめる。
こんな綺麗な断面見たことある?
オーチャードにもジュロンイーストにもあるので、たくさんお世話になる予定です。
モラルの低い下品な飲み会淘汰されろ
下品な飲み会はこの世界から無くなればいいと思っている。
この間、大きな飲み会があった。
そもそも飲み会とは、下品になり得る要素を大いに持っているもので、私にとって9割は拷問なのだけど、今回のあの飲み会は大学の新入生歓迎コンパを思わせる下品さだった。
私は精神年齢も低いし独りっ子だし、思ったことが顔に出る。
両脇の無実の男性に「サーモンだよ!」「飲み物は何にする?」「フルーツ持ってきたよ!」などと、散々気を遣わせてしまうほどイライラしていたことは申し訳ないと思っている。
私の嫌いな要素2つ。一気飲み。下ネタ。
一気飲み強要させて、誰か倒れたらどうすんの?会場みんなのトラウマ作るつもり?
ていうか、何が楽しいの?
そして下ネタ。仲間内での下ネタが盛り上がるなら、それは構わない。
ただ、大人数の場で、それしか話題が無いとでも言うように、そして女の様子を伺うように下ネタを話す飲み会が嫌いだ。
下ネタを言えば笑ってもらえるとでも思っている男がいるみたいだけど 悪いけど8割のマトモな女はドン引きしてるからな!!
シンガポールに来て、そういう飲み会はめっきり無くなったと思ったわけだけど、今回この日本チックな飲み会に出会い、「またか...」と思わずにはいられなかった。
この飲み会には二度と参加しないと思う。
そして、同じ職場の人の下品な面を見てしまって深く後悔している。
モラルを持て、モラルを。
友達から非難されることは一番の教訓
中学の頃、私は反抗心を教員にぶつけるよくあるタイプの生徒だった。
家族への反抗期もなかったわけじゃないけど、基本的に根底に「家族アイシテルー」な気持ちがあったので、発散し切れず思春期独特のストレスがカラダ中に溜まっていた。
思えばあの頃の私は、先生をイラつかせる天才だったと思う。
よく大きな声で怒鳴られたことを覚えているし、悪いことは悪いと理解して尚していた。
怒られることが怖いという意識はもうなかった。ただ、「めんどくせぇな〜うぜぇな〜」くらいの気持ち。
いつも通り先生に叱られたある日、私は普段の会話の中で友達に言った。
「あいつ超ウザいね。病気回復せず死ねば良かったのに。」
私が「死ねば良かった」と言った先生は、以前に白血病が発覚し、奇跡的にもその病からの回復を遂げた人だった。
もちろん、そのことも知っていたし、「また大好きなコロッケ が食べられることが幸せだ」と言っていたことも知っていた。
当時の私も、本気で「死ねば良かったのに」などとは思っていなかったはずだった。
軽はずみのその発言に、仲間たちはいつものように「そうだよね、マジウザい。死ねば良かったのに。」と返してくれると信じていた。
その時だけは違った。
「その言葉だけは使っちゃいけないと思う」誰一人、私の「死ねば良かったのに」という言葉に賛成しなかった。
単純に、恥ずかしかった。自分はどれほどアホなんだと思った。
中学生ながらに、私以外のみんなが「死」という言葉を軽々しく使ってはいけないものだと知っていた。
大切なことを教えてもらった経験は今でも残っていて、あれから軽々しくその言葉を使うことはなくなった。
そして、大切な友達が教えてくれたからこそ、私は大切なことに気付くことができたし、本当に彼女たちには感謝している。
上手く言えないけど、こういうのを本当の友達って言うんだろうと、当時思った記憶がある。
こうやって、私たちは影響し合っている。
多感なあの時期に、あの子たちに出会えて良かった。
「自分を信じなさい」という言葉は残酷だ。
ふと思い出した。ある日のバスケの試合。
自分はプレイヤーだった。
顧問の先生の指示通り、私のドライブから点数が決まり、2点が自チームに加わった。
そして、ファールのジェスチャーののち、私に1本のフリースローが与えられる。
タイムアウトを取ることはなく、顧問の先生が私に向かって叫んだ。
「努力は自分が一番わかってる!大丈夫だよ!入るよ!」
何もわかっていない、と思った。
私は努力をしているふりをすることが上手だ。
「ふり」をすることで、部長の座も手に入れた。「ふり」をすれば、認めてもらえることくらい知っていた。
本当は、疲れることや面倒なことは嫌いで、隙さえあれば手を抜いてしまう人間。
「努力は一番自分がわかっている」というのなら、自分が極限まで努力できていないことを一番よくわかっているのは自分だった。
自分を信じられないまま、放たれたボールは、リングを通過することなく地面へ落ちた。こんなもんだ。
人生は、「大丈夫!入るよ!」の一言でシュートが決まってしまうほどドラマチックじゃない。
試合は、負けた。「今までで一番良い試合だった」とか何とか顧問の先生は言っていたような気がするけど、私にとっては最悪だった。
自分の甘さがはっきりとスコアに表れたゲームだったから。
努力は、人に見せびらかすものでも、何か見返りを求めてするものでもなくて、自分をちゃんと信用してあげるためにするものだ、と初めて学んだのはあの試合だったように思う。