10年後が見えてしまう人生なんてつまらないから、公務員を辞めて後悔はひとつもない。
毎日、ご飯が美味しい。
毎日家に帰るとジムはあるわ、サウナはあるわ、プールはあるわ、豪華で嬉しい。
部屋に入ると何もないのに、あるものは大好きなものばかりで嬉しい。
毎日、楽しい同居人に囲まれて楽しい。
職場が愛おしい。
適度に遊んで、適度に頑張る。
毎日、明日が来るのが楽しみだ。
人を羨ましいと思う気持ちが無くなった。
日本で教員をしていた時、何もかもが羨ましかった。
バランスを取って海外旅行する友人、
教科指導の上手な同僚、
バスケの指導力のある顧問、
働かず遊んでばかりの人、
なんだかんだで羨ましかった。
講師という肩書きすら、本当は羨ましくて仕方なかった。
贅沢な悩みかもしれないけど、私は教諭であることが1年で嫌になっていた。
合格した時は、本当に嬉しかったし、発表を見た時、足がガクガク震えた。
現役合格した事実、家族を安心させられたこと、たぶんそんなことが嬉しかったんだと思う。
でも、1年も経てば、教諭の立場は自分を縛る鎖のように感じられていた。本当に文字通り鎖だった。
逃げたかったけど、世間体とか、申し訳ない気持ちとか、いろいろなものが邪魔をした。
そんなものを捨てた今、幸せになれた。たくさん失った分、多くを手に入れられた。
自分は間違っていなかった。
行動することに間違いなんか無くて、行動すれば失敗しても必ず進歩するんだと実感した。
そして、今まで「死にたい」なんて思ったことはないけれど、「何のために生きてるんだっけ?」と思ったことは何度もある。
でも、公務員を退職して、来年が、10年後が、楽しみになった。
10年後が予測できてしまうような人生は送りたくない。わからないから面白い。
「こんな生活があと40年近く続くのか...」と思っていた頃は辛かった気がする。
やりたいことはたくさんあって、どれを達成できるのか、次は何をするのか、新たに何がしたくなるのか、自分のことなのにわからないことだらけで、それが楽しい。
20代前半で、自分で敷いてしまったレールを死ぬまで歩き続けるなんて私には無理だ。2年ごと、3年ごとにレールの向きを変えながら、少しずつ進んでいく。これがいい。
DaiGoさんがこんなことを言っていた。
「判断力を高めると、自己選択ができるようになる。自己選択が増えると、幸福度が上がる。」
その通りで、自分の人生を自分で選んでいる意識があるからこそ、私は本当に幸せだ。
一生、保証のない生き方をしていきたいと思った。